前向き 外向き 自然体

「いま、ここ」にスポットライトを当てる大学職員の日常を記録します。 since 2009


にほんブログ村
↑ クリックしてみてください(^_-)-☆

ワーク

3日ぶりの更新に、対不起{/!!/}
始めたばかりで早くも挫折したと思ってる方いますね。
でも、さにあらず。
更新できない環境にいたんです。


9,10日は最上川学で山形県鶴岡市にいた。
最上川学とゆーのは去年から行っている「戦略GP」の一事業で、
大学コンソーシアムやまがたの単位互換授業である「巡検」「俯瞰講義」のほか、
来年度の単位互換授業開発のための現地試行実践を行っている。
現地試行実践は山形大大学連携推進室の出川先生がコーディネーターで、管理人は学生らと一緒に今回も参加した。

まず9日(土)。

この日は鶴岡市の関川集落(旧温海町)でしな織りについて学んだ。
最初、鶴岡市内にある山形大農学部で神田リエ先生からしな織りについて1時間ほどレクチャーを受けた。
しな織りとは、関川集落に伝わる国指定の伝統工芸で日本3大古代織物に数えられるという。

期待に胸弾ませ、鶴岡市内から南へ3つほどの峠を越えた新潟県境にある関川集落に向かった。
山形県人の管理人にとっても初めての土地で、すごい場所だった{/雪/}{/雪/}{/雪/}

しな織センターで地元の組合長さんから詳細な説明を受けたあと、実際に織ってみた。
しなの木からつくった“糸”を伝統的な織り機で丹念に織り上げる、根気のいる作業だ。

お土産で買った敷物↓



センターに山形大農学部卒の女性が研修生として働いておられたのには驚いた。
学生時代にその魅力にはまったらしい。

夜は関川にある宿泊先の金沢屋で地元の方との懇親会。
盛り上がったのは言うまでもない{/パー/}

趣のある金沢屋旅館↓




翌10日(日)

この日は鶴岡市(旧羽黒町)の松が岡集落で松が岡開墾の歴史について調査し、学んだ。
松が岡集落は明治維新以降旧荘内藩士が開墾した集落である。

午前中「松が岡開墾場」のみなさんと現地調査し、午後からは調べたことをテーマごとにまとめ発表会を行った。
最初開墾場のみなさんを紹介されたときは、皆さん藩士の子孫と見るからか、いかにもちょんまげと刀が似合いそうで、

ちょと怖かった{/まいった/}

でも、われわれ部外者のおそらくとんちんかんな質問にも丁寧に答えていただき、開墾の歴史とあわせ武家の誇りも学べた気がした。

調査会場の松が岡開墾場の“本陣”には西郷隆盛と旧藩主のご真影があったりする↓




地元の文化と歴史について学んだ2日間で、授業開講についての地元の方々の期待も高い。
2日目に参加いただいた山形大の中島副学長(最上川学担当委員長)からは内容のをさらなるブラッシュアップの指示があった。

なお、最上川学については最上川学.net もご覧ください{/嬉しい/}



合同フォーラムの2日目。

今回は会場近くの有明のホテルに宿泊した。
朝、カーテンの隙間から強烈な日差し{/晴れ/}が入り込んできて目が覚めた。

「久しぶりだなぁ」

この時期の山形ではこのような目覚め方はほとんどない。
東京の調布市とさいたま市にそれぞれ3年間ずつ住んでたことがある管理人は、東京の冬晴れは当然知っている。

「久しぶりだなぁ」

ってのは、東京の冬晴れで起きることと、ここ数週間でホントに太陽を見ることが久しぶりだったことを指す。


さて今日は、

まずホテルで職場のメールをチェックして数件処理した。
それからビッグサイトでの分科会に参加してきた。

今回特に楽しみにしていたのが、前大学行政管理学会長の横田さんによる「職員向け講演」。
過去4回開催された合同フォーラムでも職員向けの講演は初めてだ。
これも「学士課程答申」にこれからの職員に期待する役割が明記されたことの影響か{/目/}
いつもながら興奮する内容だった。

予定では17:30終了の分科会までエントリーしていたのだが、ちょと気になることがあって早めに山形へ帰ってきた。

職場に着くと多くのみなさんが残業してて申し訳ない気持ち{/まいった/}{/まいった/}{/まいった/}

しかーし、

来週の懸念してた仕事の数々は、みなさんが完璧にこなしてくれていた。

で、本日の結論。

なんちゃって係長兼局長がいなくても職場は回る。


「さぁ、これで3連休!」と言ーたいところではあるが、

明日から最上川学で鶴岡に行かなければならない{/回転線/}

今日は今年初の出張。

東京ビッグサイトで開催された「大学教育改革プログラム合同フォーラム」に参加した。
二日酔いのまま朝イチのツバサに乗って、「眩しいなぁ!」と思ったら大宮まで運ばれてた。

冒頭の主催者挨拶で文部科学省の副大臣は、

「現在の文教政策は高校授業料の無償化など初等中等教育政策が中心だが、今後は大学政策にシフトしていく」

旨の発言をした。

管理人の懸念を払拭する内容で、これを聴いただけでも来た甲斐があったものだ(単純なんです、わたし{/嬉しい/})


基調講演は東大名誉教授の天野郁夫先生。
「46答申」から去年の「学士課程答申」までの経緯を説明されたあと、

結局、

・大学改革はここ40年間同じことを繰り返し言ってきてるが、レビューを全然していない

・アメリカから輸入した小道具(FD、ギャップ制、セメスター、GPAなど)はただマネしてもだめ

・文部科学省による高等教育計画の時代はもう終わった、これからはそれぞれの大学が改革せざるを得ない

とまとめられた。

わかっちゃいるけど、1,000名弱の聴衆の前での提言はとても意味あるものと感じた。

午後からは二つの分科会に出た。
二つ目の「戦略GP」報告は、酪農大と北九州市立大からで大変参考になった。
二つとも特殊な環境が前提であったが。。。
(コンソやまがたで執行してるヤバイ点も判明{/悲しい/})


それより今日は、うち(大学連携推進室)の横井先生と同行できたことが勉強になった。
横井先生は元Y市副市長で、仕事のスピード感や構想、資料作成にいたるまで、全く恐るべき先生なのである。
この出会いに感謝{/!!/}


夕方からは、文部省転任時と国立大学協会出向時の先輩(ともに現在は東京学芸大)と飲み倒してきた。

久しぶりの“鳥の目議論”で、「東京っていいな{/音符/}」と感じたひと時だった。












すみません。酔ってます{/まいった/}

今日は新年会があった。
メンバーは昨日紹介した理事ミーティングのメンバー+理事秘書のTさん。

“毎日がノー残業デー”を志向し、仕事の処理は速い(粗い)を自認してる管理人は、飲み会がある日はますます仕事が粗くなる。
年末に反省したばかりなのだが、趣味=懇親会だから仕方ない。
しかも明日から東京出張なんだなぁ。

コンソーシアムの臨時学長懇談会の設定、中国派遣団の照会、知財サロンの案内、最上川学試行プロジェクト・文科省への回答調書・立命館大学との交流打ち合わせの準備などをやっつけた。

そして意気揚々として臨んだ新年会。
場所は小山理事お気に入りの空海で、実は管理人も大好きなのだ(若おかみさんも{/複数ハート/})

美味しい料理に理事&先輩方の熱いトーク。
いつのまにか議論のテーマは本学若手事務職員の養成に収斂されていった。
これには酔った管理人も突っ込まざるを得ない。

数年前から矢口さん(あ、言っちゃった)に説教されてるので、管理人は若手職員の育成には気を使ってるつもりなのだ。

でも、
今日も去年結成された“いぶき”とゆー熱い若手職員の集まりの紹介をする隙もなく、いろいろ説諭された。

しかし、

ありがたかったなぁ。。。

迎田さん(あ!)、山口さん(あ!!)ともに、本気で山大を愛してるし、本気で山大の将来を心配してくれている。

管理人たちは諸先輩方の良質な遺伝子を受け継いでいく必要があると強く感じた。

最後に、

最近画像を披露してないので、今日は特別に管理人の素顔を明かします↓


今日は理事ミーティングがあった。

これは小山理事の直接指揮下にある面々が毎週火曜日の9:30-10:00に行ってるもので、スケジュール確認や各事業ごとの「報連相」のほか、小山理事から共通のミッションが与えられたりする。

メンバーは、

Mユニット長(図書・情報担当)
Y・Sユニット長(国際交流担当)
Y・Kユニット長(社会連携担当)
&管理人係長(大学連携推進室)

である(ユニット=課ね)。

みなさん一回り以上年長の大先輩かつおしゃべり(もとい、雄弁)な方々で、管理人が喋る出番はいつもあまりない。

ただ、

昨年、小山理事(大学連携推進室長兼務)への「報連相」が若干不足していたと反省してた管理人は、昨晩珍しく本日の「報連相」用資料を仕込んでおいた。

で、今朝のミーティング。

口火を切ったY・Kユニット長が喋り倒し、他のメンバーが話す時間は5分しかなかった{/まいった/}{/まいった/}{/まいった/}

結果、簡単なスケジュール報告しかできなかった。


そのあと約100キロ離れた酒田市にある県立産業技術短期大学校(庄内校)へ移動し、森林について勉強してきた。

これは大学コンソーシアムやまがたの産学官連携事業の準備で、本日は山形大学農学部の小山浩正先生のプレゼンを聴き、質疑応答を行ってきた。

今後の事業ネタがバレてしまうので詳細は省略するが、

「森は本当に大事なのだろうか?」
とか
「日本神話にみる森づくり」
とか
「森の若返りには不定期に発生する攪乱の役割が重要」
等々のお話がとても面白く、勉強になった。


夕方、何箇所かで地吹雪{/雪/}が発生するなどやっとの思いで帰ってきたら、

今朝「報連相」しよーと思っていた案件への小山理事からの催促&指示のメモがデスクにあった。

なんとも間の悪い一日だった{/悲しい/}{/悲しい/}{/悲しい/}

今日は仕事始め。
法人化前は御用始めと言っていたような気がする。


午前中は恒例の学長による年頭のあいさつがあった。
今年は、しびれた
学長が輝いて見えたのは水色のネクタイのせいばかりではない。


特に、
・アンテナを高く張り、受信と発信をしっかりと行っていく必要がある
・ピンチをしのぎ、チャンスを生かせるように柔軟に対応していこう
・「骨太方針2006」で定めていた毎年1%ずつ平成23年度予算まで5年間継続して減額することの閣議決定が廃止
→初耳だった。低いアンテナに反省{/悲しい/}
・各キャンパスは「山形大学システム」の構成員として、他キャンパスの発展のためにも貢献してもらいたい
・山形大学は、(中略)山形、日本、そして人類のために貢献していかなければなりません

などの言葉が印象的だった。


なかでも「山形大学システム」という言葉はおそらく初めて発言されたのではないだろうか?
学内における自利利他精神の発揚とでもいうべき内容で、一構成員としては俄然やる気が出てきた。

今年一年、トップが示した方向性に沿って少しでも山形大学に貢献できるようがんばりたい。

通常うちの職場は12月28日が仕事納めだが、今年は28日は強制的に休みとなった。{/嬉しい/}
とゆーわけで少し早いけど今年を振り返ってみたい。

まず仕事面。

今年は、忙しかった!
信条として、「忙しい」とは考えず、かつ言わないことにしているが、今年は別。
量的には文部省に転任していたときの方が忙しかったかもしれない。
ただ、今年はいろんな意味で忙しかった。。。

原因は1月1日付けで大学連携推進室という新設ポストへの異動である。
仕事の内容は、文部科学省の「戦略GP」のこなしと、大学コンソーシアムやまがたの事務局、それに立命館大学との交流など。

「戦略GP」はすでに決まっていた内容を、新たなメンバー(教員4、職員7)でひたすら執行しなければならない。
20年度予算では数百万の残金を出してしまい、怒られた。{/悲しい/}

コンソの仕事は今まで外から見てても「大変だろうなぁ」と想像していいたが、実際そのとーりだった。
ぶっちゃけ言ってしまえば
「ホントにいるの?」
って感じだった。

1年間、県内のコンソ加盟校を何回も訪問し、戦略GPやコンソの各種事業をサポート(実施は各教員)しつつ、合間に立命館との交流や五大学間交流を実施した。
土日出勤も相当あった。毎日の家族との時間をもつため、相変わらず残業は極力避けた。

結果、

仕事がかなり粗くなった!

来年はこの粗い仕事ブリを改める必要がある。
「戦略GP」は相変わらずやらされ感はあるけど、メリットがないわけではないし、
コンソはだんだん面白くなってきた。
大学連携は今後の大学職員としての大きなテーマになりそうだ。

不本意ながら「忙しかった」けど、面白いこともたくさんあった。

1.海外出張
 3月にアメリカ・コロラド州、9月にドイツ・ライン川に行ってきた。面白すぎたので内容は省略

2.最上川学
 「戦略GP」の事業で巡検、俯瞰講義のほか試行としていろんな現地プロジェクトを体験した

3.講演(?)活動
 なぜか今年はいろんなとこで話す機会に恵まれた。
 京都のFDフォーラムや、公立大学協会のSDセミナー、九大、岩手大、日本教育情報学会、大学コンソーシアム石川など。
 通常業務で若干ストレスがたまる中、いい発散の場となった。

さて、今日は年賀状を書き終えた。
ジムにはいけなかったのでこれからWii Fitして、Beer だな!

そうそうこのブログ、がんばって続けます{/チョキ/}

↑このページのトップヘ